Rittor BaseGenelec

&SRS360A

多目的スペースのためのスピーカー選択

―― JR御茶ノ水駅から至近のこの立地は素晴らしいですね。WEBサイトでは「徒歩2分」と表記されていますが、御茶ノ水橋口改札を出て目の前の信号が青なら1分で辿り着けます。

そうなんですよ。最近はミュージシャンも電車移動される方が多い中、駅から近い利便性は皆さんからいい評価を頂いています。当初はそれほど意識していなかったのですが、JRの駅から近いことがこれほどまでにメリットのあることだというのは運用を始めてから分かりました。

―― メディアが所有するイベント・スペースというと、情報発信の意味合いも大きいと思いますが参考にした例はありましたか。

参考にしたのは、私も何度か出演したことのある「DOMMUNE」さんでした。魅力的なイベントを日々開催し、それをストリーミングして世界中に届けるというコンセプトですね。加えて、来場者の皆さんにいい音で聴いてもらいたいので極上のスピーカーを用意しました。

―― 催されるイベントは雑誌と連動したものが多いのでしょうか?

そこは本当にいろいろですね。雑誌から来た企画があれば、Rittor Baseとしての独自企画もあります。直近でも、『ベース・マガジン』主催でエフェクターの聴き比べをしたり、独自企画としてはニューヨークのギター・ビルダーを描いた映画『カーマイン・ストリート・ギター』の試写イベントを行なったりしています。オープン前、映画の試写はそれほど重視していたわけではないのですが、映画関係の方に映像と音を体験して頂いたところ非常に評判が良かったんです。それで試写のお話も度々頂くようになりました。

導入事例 | Rittor Base

リットーミュージック スタジオ事業部長の國崎晋氏

―― 部屋の音響特性はいかがでしたか?

このスペースは元々、防音と遮音は完璧にできていましたから、施工の際は音を整える調音に集中できました。壁の表面は石のような素材なので、そのままだと響きすぎますから、カーテンで調整できるようにしています。ただ、それほど広い容積の空間ではありませんので、狭苦しい音にもしたくありません。ある程度、開放感のある音にしたいということで、日本音響エンジニアリングさんに施工を依頼して、AGSという音響拡散体を多数導入しています。

2018年の11月に施工が終了したのですが、そこから時間をかけていろんな機材をお借りして聴き比べを行ない、何を導入するかを慎重に検討し、外向けのイベントを開始したのは2019年の3月頃からです。キャパシティは、ひな壇型の観客席を用意した場合は約25人ですが、すべて平場でやる場合は30〜40人くらいです。

―― スピーカーの選定はどんな方向性で進められたのですか?

スピーカーの選定には大きな決断が必要で、本当に悩みました。選定のポイントは、ここがどういう性格の場所なのかに影響されるわけですが、私達はRittor Baseを多目的スペースと位置づけています。実際に3月のオープンからすでにセミナーやレクチャー、ライヴ、映像収録、レコーディングを行なってきました。やっていないのはミックスくらいでしょうか。スピーカー選びのポイントとしては、多様な催しのすべてに耐えうるスピーカーとは何かということでした。端的に言えば、PAにも使えて、レコーディング・スタジオのモニター・スピーカーとしても使えるようなスピーカーを探すところから始めました。

―― 数ある候補の中から、どのように絞り込んでいったのでしょう。

選定にあたっては、多くの方のご意見も参考にしました。すごくHi-Fiな最新のPAスピーカーが良いという意見もあり、検討しましたが予算的には厳しかったんですね。幅広い選択肢の中から、いろいろと候補を立てていく過程で、心が傾いたものの一つに、老舗ブランドの古いシアター・スピーカーがありました。これならライヴもOKだし、モニターにもなる。もちろん映画の上映にもぴったりだと色めき立ったのですが、オーディオとして楽しむならまだしも、こうした施設のメイン・スピーカーとして現代的な音を求めるのは無理だという周囲のアドバイスがあり、ちょっと冷静になりまして(笑)。また、このオールド・スピーカーはかなり大きなモデルだったのですが、それが良くないなと気が付いたんです。でも、必要なスペックを満たすのは大型のものが多いんですよね。

―― なぜ大型のスピーカーは避けたかったのですか?

この場所は本当にいろんな用途で使っていて、空いている時間には当社が発行している雑誌の機材撮影にも使用しています。そういう時には映り込まないようにするなど、スピーカーは必要に応じて動かせるようにしておきたかったのです。

最終的にS360Aを選択

―― 最終的な候補は何モデルくらいありましたか?

5機種を試しました。どれも優秀で、とにかく選定には悩みました。映画というキーワードが出てきた頃からは、劇場のような音にしたいなと思うようになりました。大きな音ではあるけれど、コンサート・ホールと言うよりは、いい映画館みたいな音響にしたいなと。繊細すぎず、と言いますか、数10人のオーディエンスに対して、気持ち良い音を届けてくれるスピーカーにしようと考えたわけです。これがまた、なかなか難しかったんですけどね。

導入事例 | Rittor Base

Rittor Baseのメイン・システムとなったS360Aと7380Aを組み合わせた2.1chシステム

―― 最終的にGenelecのS360Aを選んだ理由とは?

S360Aが出るという情報を目にしたときから、注目していたんです。多チャンネルなイマーシヴ時代のポス・プロ用スピーカーとして、コンパクトでありながら、いままでのGenelecのラージ・スピーカー並みの音圧が出せるという記述を読んで、「ひょっとしたらぴったりなのでは?」と直感したんです。そこで試聴してみたら、思った通りの音でした。とにかく十分な音圧は欠かせなかったのですが、S360AはかなりのSPLが得られて、しかもPA的ではなくスタジオ寄りのサウンドだったというのが主な選定理由です。

―― サブ・ウーファーの7380Aも導入されていますね。

はい。PAスピーカーと比べてスタジオ・モニターに足りないのが低域です。やはりサブ・ウーファーとの組み合わせが必要ですが、Genelecにはサブ・ウーファーも各種そろっていますからね。思い切って一番大きな7382Aにしようと思ったのですが、ここの電源の容量を超えていて(笑)。結局、7380Aに落ち着きましたが、実際にこれで十分過ぎる位でした。

―― 回線はサブ・ウーファーからS360Aへ直接つながっているのですか?

いえ、ここではちょっと変わった接続をしています。当初は、サブ・ウーファーにステレオ信号を入れて、そこからスルーした信号をS360Aに送るという接続だったんです。でも、あるエンジニアから、「サブ・ウーファーのヴォリュームは別途調整できるようにする方が良い」というアドバイスがあり、確かにそれはそうだなと。そこで、S360Aにもサブ・ウーファーにも、卓からダイレクトに送るようにしました。S360Aには2chの出力をそのまま、サブ・ウーファーにはLRの低域成分をどれくらいにするかを卓でマトリクスを組んで調節して送ることができるようにしました。こうすることで、音楽によって低域のバランスを変えられるようになっています。

―― Genelecというブランドに対して、どんな音のイメージを持っていましたか?

最初にGenelecを聴いたのは、『サウンド&レコーディング・マガジン』の取材で訪れた、ムーンライダーズのアルバム『最後の晩餐』(1991年)の制作現場で使われていたS30でした。その時の驚きは今でも忘れられません。僕は以前、オーディオ雑誌の編集部に在籍していて、そこで古今東西のオーディオ用スピーカーを聴いてきたのですが、それらを遙かに超える音がS30からは聴こえてきました。解像度、情報量の多さ、高域の伸び、どれをとっても最高で、これこそプロの音だと衝撃を受けました。以降も、Genelecは良いスピーカーをたくさん出していて、いろんなスタジオで耳にしてきましたが、個人的にも好きな音という印象がありますね。

―― 今回導入したS360Aの評判はいかがですか?

実機を見たことがある人がまだ少ない様ですが、Rittor Baseを訪れたエンジニアさんからも「これは良いね」という声が上がっています。ここで聴いて興味を持って、実機を借りてみた方もいらっしゃるようですね。

―― 運用する中で気付いたS360Aのメリットなどがありましたらご紹介ください。

パワード・スピーカーなのですが、アンプ部を取り外せる仕様なのはありがたいですね。スピーカーを頻繁に移動させる必要もあるので、少しでも軽くできるのは助かります。いずれにしても、一人で動かすのは難しいのですが、背中の荷物を降ろせた分、設置場所の微調整位はできますから。外したアンプは正面のスクリーン下のラックに収めています。

導入事例 | Rittor Base

スクリーン下に設置されたラックには、軽量化のためS360Aから取り外したアンプ部が収まる

また、作りが頑丈といいますか、モノとしてはそれほど繊細ではないところがいいですね。聴き比べたスピーカーの中には、作りが繊細すぎて、ちょっと触るのも怖いものがありました。S360Aのデザインにはそういう要素はないので、日々の移動も安心して行なえます。そういう意味ではフロント・グリルもほしかったところですけれど(笑)。

―― そもそもパワード・スピーカーを選んだのは音質面での評価からでしょうか?

PAスピーカーの場合は、良いパワー・アンプとパッシヴ・タイプのスピーカーの組み合わせもありだと思うのですが、スタジオ・モニターと考えるとやはりパワードの選択肢が圧倒的に多いですよね。私自身、長らく雑誌でパワード・モニターを推してきたこともあります(笑)。パワードの良いところは、1台1台がアンプとのマッチングがよくとれているところです。このS360Aはアンプを外してケーブルでつないで使用していますが、導入時にGenelecの方から「出荷前に完全に調整しているので絶対にアンプとスピーカーの組み合わせを変えないよう、シリアル番号を確認してつないでください」という助言をもらい、改めてアンプとスピーカーの相性やチューニングは重要だなと思いました。

簡単な操作で正確なチューニングを実現するGLM

―― チューニングと言えばGLMの使い勝手はいかがでしたか?

実際の音を測定してチューニングできるGLMの優秀さにはシビれました(笑)。昨今のこうしたスピーカー・システムはDSPによる補正技術が進んでいることはもちろん承知していましたが、自分でこういう場所を設けて自らチューニングしてみると、補正前後の音の違いには本当にびっくりしました。完全にフラットになりますから、これはすごいですね。それなりに音を整えた部屋であっても、ある程度の山・谷があるのは当然で、補正前にはあるところでピークが感じられましたが、それがピタッと消えてフラットな特性に変わったんです。しかも、それが非常に簡単にできる。これまでのチューニングと言えば、インシュレーターや何かを置いたり、あるいはやや乱暴にグライコを使ったり、時間やお金をかけて行なっていたものが、測定一発、1〜2分程度で完了するわけですからね。

―― GLMでは複数のリスニング・ポジションでのキャリブレーション設定を個別に保存できますが、そうした機能も活用していますか?

セッティング変えをよく行なうため、可動式の観客席の有無で2種類のプリセットを用意しています。GLMはあまりに手軽なので、そのうちイベントの開始直前にお客さんを入れた状態でも測ってみようかなと考えています。

導入事例 | Rittor Base

Rittor Base全景

サブ・ウーファーの設置場所も紆余曲折してこの場所に落ち着いたのですが、ご覧のとおりメイン・スピーカーとの距離が揃っていません。でも、サブ・ウーファーを含めて位相調整もしてくれるので非常に便利ですね。物理的に対策したことと言えば、調整後もちょっと音がダブつきがちだったサブ・ウーファーにインシュレーターを設置した程度でしょうか。

音楽やミュージシャンの素晴らしさを届けたい

―― Rittor Baseは今後どんなスペースとして展開していくのでしょうか?

私自身、当初は想定していなかった使い方−−−例えばレコーディングも最初はそんなにやるつもりはなかったのですが、イベントに出演してくれたバンドから「この部屋が気に入ったので、録音に使わせてください」という要望があり、実際に録音も行ないましたし、映画の試写会も予定していたわけではありませんが、お陰様で好評です。用途を絞ることなく、何にでも対応できるようにと考えていたのが、いい形で転がり始めていますので、これからも予期しないことをいろいろできるといいなと思っています。

―― 20年以上に渡って音楽制作にまつわるさまざまな提言を続けてきた國崎さんが、このスペースを通じて今の音楽ファンにいちばん伝えたいことは何ですか?

それはずっと変わらなくて、「これは!」と思う音楽の良さ、プレイヤーの素晴らしさを1人でも多くの人に知ってもらうことに尽きます。雑誌やイベントなどメディアを変えながら、そんなことをやっているわけですね。だからこそ、基本的にハコ貸しはしません。こちらが主催、もしくは共催という形にこだわってイベントのクオリティを担保して、リットーミュージックとしてお勧めできるものをどんどん発信していきたいと思っています。