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「“米百俵”の精神」が今も息づき、充実した教育環境が整うと言われる新潟県長岡市。国内に2校しかない国立技科大学のひとつ、長岡技術科学大学は、長岡駅から車で約20分、信濃川を渡り西へ進んだ丘陵地で長岡市街を見下ろすようにして広大なキャンパスを構えています。キャンパス内の建物をよく見ると、全てが2階部分で繋がっているのが分かりますが、これは雪対策の一環で、なるべく外を通らずに移動できるよう配慮されたもの。国立大として唯一の「特別豪雪地区」に設定されている同大学ならではの建築デザインと言えるでしょう。

「昭和初期はもっぱら2階から出入りしていたと聞いていますが、幸いなことに最近の長岡はそれほどの豪雪に見舞われることはほとんどありません。私からすると、ちょっと物足りないと感じることもあるのですが(笑)」

キャンパスの様子を楽しげにこう紹介してくれたのは、同大学「信号処理応用研究室」の准教授で、施設の副センター長も兼務する杉田泰則先生。まずは杉田先生が教鞭を執る「信号処理応用研究室」の概要について教えていただきました。

長岡科学技術大学

長岡科学技術大学 信号処理応用研究室 准教授 杉田泰則氏


「音や画像を扱う "信号処理応用研究室" では、多くの学生が音に関わる研究に勤しんでいます。研究の中心的なテーマには "頭外音像定位" や "立体音響" などがあります。例えば、最近よく見られるようになった骨伝導を使ったヘッドホンでの立体音響。こうした音像定位やその認知に関わる新たな技術を応用することで、視覚障がい者の方の歩行支援に繋げたり、車椅子の制御を可能にしたり、社会的な課題の解消に貢献できる成果を目指した研究を進めています。ヘッドホンやイヤホンを使った音像定位を巡っては、音の方向を正確に定位させるのは非常に難しい課題です。特に骨伝導を使ったものだと、骨を伝って蝸牛に振動が届くという特性から、定位がなかなかはっきりと出せないのですが、そこをいかに工夫できるかが研究のポイントとなっています」

41.2chのスピーカー・アレイが導入された「音響振動工学センター」は、1976年の開学から間もない1984年に設立されました。2つの残響室のほか、電気機械音響実験室、聴覚心理実験室などを備えるこの実験施設で最も目を引くのは、大きな無響室です。

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「"音響振動工学センター" は名称のとおり、音響と振動に関する研究に使うことを目的とした学内の共同教育実験施設です。その中の無響室は確かに教育機関としてはもちろん、国内でも珍しい大規模なものでしょう。私の研究室ではこの無響室を、人が音を聴いてその方向や位置を認識するメカニズムにおいて重要な鍵となる、HRTF(頭部伝達関数)を測定することで主に活用しています。他の研究室でも、製品の騒音レベルを測るなど様々な用途で使用されています。また、外部の企業から使いたいというご相談を受けることもありますね」

今回導入されたスマート・アクティブ・スピーカーの8320およびサブウーファーの7380は、当然この無響室でも使用することを想定しています。そのため、ミッド・レイヤーは8000-403 フロア・スタンドによる設置として動かすことができるようになっているなど、柔軟なレイアウト変更が可能となっていることも特徴です。

今回、多チャンネル3Dスピーカー・システムが導入されることになった経緯を、杉田先生は次のように説明します。

「私自身、かねてから立体音響を研究していまして、HRTFを測る際にはできるだけフラットな特性のスピーカーが必要となります。そのためには、特性を簡単に補正できることも条件のひとつでした。また、最近では音場再現の研究も盛んに行われています。これは、例えばコンサート・ホールを別の空間で再現するというものです。あるいは、VRやARを活用したロボットの遠隔操作を目的とした研究では、視覚情報についてはヘッド・マウント・ディスプレイなどで立体的に再現することが可能となっていますが、音に関してはまだ再現できていません。遠隔操作には音も重要な情報となりますから、ロボットがいる空間の音を別空間で再現したい。そういった研究における音の重要性に注目し、より正確な音場再現も行える多チャンネルの3Dスピーカー・システムが必要であることから、この度の導入に踏み切りました」

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HRTFを測る際にできるだけフラットな特性のスピーカーが必要だったこと、そして簡単に特性を補正できることが条件となった音響振動工学センターでは、8320Aを41台導入


GLM

そして導入後、実際の運用の中で気付いたのは、スピーカー・マネージメント・ソフトウェアのGLM(Genelec Loudspeaker Manager)とフィンランド・イーサルミの本社工場で個別にキャリブレーションされた専用マイクロフォンによる、強力かつ精密なオート・キャリブレーション機能の利便性だったと杉田先生は語ります。

「HRTFの測定や音場再現を行う際は、ひとつひとつのスピーカーの特性は同一であって欲しいわけですが、GenelecのスピーカーはそこをGLMで正確に合わせられるのが非常に便利だと思いました。しかも、GLMの操作は簡単に行えますから、無響室の中など、場所を変える時もすぐに調整できていいですね」

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GLMソフトウェアのオート・キャリブレーションの操作性は簡単で、場所を変更してもすぐにスピーカーを最適化させることができると、杉田氏その魅力を話す。


加えて、「デモ音源を聴いた方は皆さん、その立体的な音像に驚かれています」と手応えを語る杉田氏は、Genelecのスピーカーを中心とするこのシステムのメリットを次のように話します。

「Genelecのスピーカーは、この部屋で使用しているRMEなどのデバイスとの親和性も高いということで、正確性が求められる研究機関にも向いていると感じています。このシステムはまた、拡張性が高く、安定的に運用できる点も評価できると思います」

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トップ・レイヤー、ボトム・レイヤーのスピーカーは、クランプ式のショート・トラス・マウント8000-416Cを使用して取り付け


41.2chという極めて大規模なこのシステムについて、杉田氏に今後の活用方法お聞きすると、非常に明快な答えが返ってきました。

「私達が行っている研究のひとつに、"オーディオ・スポット" という取り組みがあります。スピーカー・アレイを上手く制御して、同じ空間内で別々の音を届けるような技術のことで、例えば、ある人には日本語の音声が、別の人には英語の音声が聴こえるようにすることができます。今後、自動車の運転が自動化されると、ある席では音楽を、別の席では映画を、また別の席では寝たいので静かにして欲しいとか、座席ごとに個別の音を届けたいというニーズも生まれることでしょう。そうした研究にも、この多チャンネル・スピーカーが活用されます。ただ、実際にはそんな音環境をなるべく少ないスピーカーで実現することを目指しています。私の信号処理応用研究室では、人が音をどう捉えているのかを理解することが大事なポイントで、そこで明らかになったことを工学的に応用することが求められます。学生・学院生には、そのための聴覚実験にもこのGenelecのスピーカーで構成された設備を上手く使って研究を進めて欲しいと思っています」

杉田氏の信号処理応用研究室で日夜研究が進められている骨伝導や歯骨伝導による音像定位は、視覚障がい者の方の歩行支援といった社会福祉の分野にも応用可能で、実現すればその恩恵は計り知れません。

「企業さんではなかなか扱いにくいテーマですが、国立大としてはむしろそういったところをしっかりやるべきだと考えています。本学から巣立った技術者たちが、広く社会に貢献していくことを期待しています」